2005.7.20

「蔵・銀河」の内装工事 
森紘一

7月15日(金)那須高原あたりから時折雨、のち曇り 
午後7時に蓮田のアトリエを出発したトラックと2台のセダンが豊実に到着したのは11時を少し回ったころだった。幹事長と大野さん、宮川さんと大塚さん、時崎さん、さらに御沓さんご夫妻と高野さん、森といった面々を賢太郎さんご夫妻が笑顔で迎えてくれた。マキ子さんの元気な姿が嬉しかった。 

月16日(土)曇り、のち時々雨
 6時起床。朝飯前の一仕事は、和彩館と蔵を結ぶ空き地にビニールシートをはり、雨の作業場を確保することだった。「ぎゃらりー和彩館」の円卓を囲んでの朝食は、マキ子さんの全快を祝う久方ぶりの賑やかさだった。いよいよ、秋の本番にむけて「蔵・銀河」を縄文の館として完成しなければならない。今回の作業は、そのための大事な第一歩だった。               
 蔵の中は、事前の賢太郎さんの努力で思いのほか片付いていた。微かに安政二年と読める梁の墨文字からすると、江戸時代末期の建立ということだろうか。蔵の入口に大きな扇風機を据えて風を送りこみ、屋根裏の窓から小さな扇風機で空気を吐き出す流れはつくったものの、150年以上の土埃と熱気は容易に抜けきれるものではなかった。

 まずは大野さんの指導で、森・森コンビが担当の2階から株式会社夢ハウスさん提供の間柱を床に張りつめていくことになった。続いて、1階の土間にも角材が並べられ床が張られていった。こちらは、大塚さんと御沓さんの持ち場だった。時崎さんと宮川さんは、山の「石夢工房」から建材を絶え間なく運びこんでくれた。その間、山の方では大野さんの仕事仲間という富永さんと大手さんが、「石夢工房」の鉄骨の組立作業に精を出してくださった。

 5時半には作業を終了。5月の連休以来の赤湯は、クルマの数に比べて空いていた。久しぶりに、ゆったりと湯船に浸ることができた。これも豊実での楽しみのひとつだ。さらに、地元の食材を生かしたヘルシィで美味しい贅沢な食卓の団欒は、ビールや酒の酔いとともに「ふくろう会」至福の時である。今回のゲスト組、富永さんと大手さんのお話も新鮮だった。 毎度のことながら、マキ子さんを中心とした久美子さん、高野さん、賢太郎さんの妹さんの律子さんと義妹の美千子さんたち賄い班の熱意と努力に感謝の気持ちが湧いてくる。

 こちらも、御沓さんの熱意と努力が話題となったリメイク版HPの鑑賞会は、食後母屋で開かれた。「佐藤賢太郎とコスモ夢舞台」を自力で立ち上げたことは、その出来栄えとともに絶賛ものだ。今後の広報活動に希望が広がってきた。

7月17日(日)晴れ
 夏空の広がる中、「蔵・銀河」の内装工事は続いた。床張りのあとは、壁部分に腰板をわたし1階は90cm前後、2階は50cm前後の壁板を張り込んでいくという手の込んだ作業が待っていた。賢太郎さんはすでに1階部分の壁板を手際よく張り込んでいた。
今回の作業に大野さんの持ち込んだ電動ノコ2点と電動カンナは木工道具の優れものだった。素人集団の作業効率と精度があがったことは言うまでもない。大野さんの「蔵・銀河」にかける心意気と責任感のほどがうかがえる。夢ハウスの山田さんも「蔵・銀河」の様子を見ながら納得の表情だった。

 昼前、郡山の大島さんが元気な顔を見せてくれた。電気関係のスペシャリスト加藤さんも応援に駆けつけてくれた。ご家族で旅行中の渡辺さんも草津から遠路差し入れに足を延ばしてくれた。一人ひとりがお互いにできる範囲でモチベーションを高めながら行動で意思表示を繰り返す。「ふくろう会」の結束の強さと魅力はこんなところにあるのかもしれない。

 “豊実にSLの臨時停車を”というキャンペーンに署名を集めながら、JR東日本鉄道に訴えていこうという話で盛り上がったのは夕食時だった。NHK新潟支局の後援がとれたことでもあり、“次はプロジェクトXだ”と賢太郎さんのボルテージも上がる一方だった。

 今夜のハイライトは、時崎さんと宮川さんのコントから始まって大塚さん、賢太郎さんを巻き込んだ寸劇のパフォーマンスだった。「ふくろう会」は、ひょっとすると吉本ではないかと思わせるほど抱腹絶倒の連続だった。
 
7月18日(祝)海の日、快晴

 今日の朝飯前の一仕事は山の上だった。「石夢工房」に組まれた鉄骨の地上4メートルの最上部に角材と板を渡し、ビニールシートで屋根をはる作業だった。

開口部の2箇所にテントシートをかけ、一面をアコーディオンカーテンで覆うと立派なアトリエが出来上がった。野ざらし状態だった山済みの建材を内に運び終わって、ようやく朝食となった。

 「蔵・銀河」の内装工事もかなりはかどって、1、2階とも床張りは終了した。壁板も3割程度はめ込まれて、明るい空間が浮かび上がってきた。遅めの昼食も済ませて帰り仕度間際に、賢太郎さんのご両親が「蔵・銀河」を覗かれた。大塚さんと賢太郎さんに背負われて階段を上下したお父さんが蔵に入ったのは6年ぶりだという。“皆さんのおかげできれいになってよかったね”お母さんの言葉に頷く横顔にうっすらと涙があった。

 秋のイベントに欠かせない「蔵・銀河」の完成にむけて、大きく前進した三日間だった。(終)