2005.8.16

豊実の作業と花火大会
森 紘一
8月13日(土)晴れのち曇り、時々雨
朝の6時前には横浜を出発したが、東北道の大渋滞は郡山で磐越道に入るまで延々と続いた。ようやく、愚妻と豊実に着いたのは午後2時半過ぎだった。マキ子さんと大野夫人、寒河江さんにお茶を勧められながら、昨夜来の雷雨による東北道の通行止めや、お盆帰省の大渋滞で、それぞれが苦労しながら到着した様子を知った。

前夜からの先着組(大野、桐山、御沓さん)は、すでに作業にかかっていた。「蔵・銀河」の入口は、大野さんの手で平石が敷き詰められ広々と感じられた。一階奥の間は、桐山・御沓ペアーが着々と天井板を張り込んでいた。遅れて参加したわたしは、一階の腰板部分の補修張りから作業に入ることになった。

今回の作業には、大塚さんが3人の教え子を連れてきていた。当初、里山アート展の作品作りと聞いていた。しかし、19歳トリオの谷口、平岡、吉田くんたちは、大塚先生指導のもと、「石夢工房」の溶接工事から汗を流していた。日照りと雨でぐったりした表情の若者たちは、赤湯から戻ったあとの食卓でも元気がなかった。対照的に大塚さんの能弁が際立っていた。“学校の授業を離れて、生徒を指導するのは緊張しますね”。“教科書はないし、怪我をさせてはいけないという責任感はあるし、真剣勝負で疲れました”。“参加すること、行動することで充実感を味わう。教える側も教わる側も、そこで生きる喜びを実感することができるというわけですね”。“いやぁ、今日は良い勉強をしました”。奥阿賀・コスモ夢舞台」イベントの新しいテーマに、若者向け体験学習が加わりそうな雰囲気だった。 

8月14日(日)晴れたり曇ったり、時折激しい雨
お山に囲まれた盆地の天気は安定しない。朝から、待望の花火大会や盆踊りが危ぶまれる雲行きだった。早朝、川釣りに出かけた大塚さんと若者たちも手ぶらで戻ってきた。

朝食後、“大塚先生に騙された”、といいながらも若者たちは、11時40分前後のSLの通過時間を確認しながら実習作業に出かけて行った。朝飯前の一仕事で、二階から運んだ年代物の和ダンスが納まった「蔵・銀河」の玄関口は、一段と様になってきた。いよいよ、二階の腰板を完了させて天井張りの準備に入る手順になってきた。今日は3時で作業を終了し、「滔々亭」で囲炉裏をかこみながらバーベキュー、そのまま花火見物を楽しみ盆踊りに団体で参加という多彩なスケジュールだった。

だが、無情なアンラッキーに若者たちが泣いた。日曜日のSLは、夕方の下り新潟行き一本だけだったそうだが、今日は豪雨のため運休となってしまったのだ。シャッターチャンスを狙っていた桐山さんと若者トリオはがっかりだった。賢太郎さんの義妹美千子さんは中学生の娘さんとそのお友達を連れて帰省されていた。盆踊り大会の優勝をめざして、若い二人は張り切っていた。豊実駅前の広場では、雨上がりのやぐら前に半被や浴衣姿の若者や子供たちが集まりはじめていた。ところが、残念なことに花火後の盆踊り大会は、最終的には天候不順により中止となってしまった。ぬいぐるみまで用意した若い二人の落胆ぶりは想像できようというものだ。 

昨年、“豊実の花火は最高だったよ”と御沓さんから何度か聞かされていたが、まさに、「滔々亭」から観る花火は圧巻だった。午後7時半、そのときだけ雨はやんでいた。
第一発目の打ち上げは、シュルシュルと静かにそして大きく夜空を赤く開いて轟音とともに始まった。水かさの増した茶褐色の阿賀野川は、すでに乳白色に包まれていたが一瞬銀色に輝いてみえた。対岸の黒い岩山の反響音は効果満点のドルヴィーサラウンドだった。「滔々亭」の囲炉裏端には、塩原さんと二人の友人、賢太郎さんのご両親も顔を揃えて総勢20人以上の大賑わいだった。高く大きく打ちあがった火の玉の下に、いつもは赤い船渡大橋が、かなりの人影をかためて黒ずんで見えるのも不思議な風景だった。川面から立ち上がる仕掛花火の美しさは水中花のようだった。
いつの間にか集まった「滔々亭」前の船着場の見物客と拍手の大合唱となった。打ち上げは三部構成で30分以上続いた。豊実の花火大会は、町村合併でこれが最後になるかもしれないという。「滔々亭」があるから言うわけではないが、豊実の花火は、例え名称が変わっても何とか継続してもらいたいものだ。

8月15日(月)小雨、時折断続的に雨脚強し
朝飯前、「蔵・銀河」二階の長持ち三点を下に降ろした。これで、二階の天井張りの作業もはかどるに違いない。一階は、腰板の上部と床板部分に横木をはめ込む細かい作業に入ることになった。私事ながら、急用のため早めに帰宅せざるをえなくなってしまった。午前中の作業に参加できないことが心残りだった。
昨日、名誉の負傷をしてしまった若者たちが元気な様子でほっとした。

雨のため内装工事に回った若者と桐山さん、大塚さんに「蔵・銀河」を託して、御沓さんと愚妻の三人で早退した。巻き添えにしてしまった御沓さんには気の毒だったが、帰路は大渋滞に遭うこともなくナビの到着時間通りだった。お陰さまでトラブルも旨く解消することができた。賢太郎さん、マキ子さんをはじめ参加された皆さんに心から感謝したい。何かと思い出に残る豊実の旅だった。