2007.3.19
とんだハプニングと幸運
森紘一

3月16日に福島県立博物館で赤坂憲雄館長と学芸員の森幸彦さんの対談があるということで、東北ツーリズム大学の前日から会津へでかけることにした。賢太郎さんとは、正午に会津若松駅で落ち合った。時間まで「会津葵」に立ち寄って、社長ご夫妻となごやかに面談した。「ギリシャからの手紙」も話題の中心だった。

13時半に博物館に行くと、人影もなく妙に静かだった。受付で確認すると、何と講演は一日違いで15日だった。森幸彦さんには気の毒だったが、「縄文時代の信仰」という展示会場をじっくりと時間をかけてご案内いただけたのはラッキーだった。

急きょ、豊実に戻ることになった。田んぼでは、藤野さんが黙々と水田の整備に汗を流していた。粉雪の舞う中、私もさっそく、めだかの池つくりの準備に加わった。田んぼ掘りはなかなか重労働だったが、大野さんの作品「白いノロシ」周辺がめだかの生息する池となって、淡いピンクの古代蓮で埋めつくされる風景を想像するだけで楽しくなった。

賢太郎さん、マキ子さん、藤野さんと囲む食卓はそんな話題に花が咲いて尽きなかった。さらに厳寒の夜半、桃源の湯を賢太郎さんと満喫して外に出ると、束の間、見事な星空だった。そのひとつひとつの輝きの大きさには、二度びっくりだった。

17日早朝、水鏡の小径を歩いてみた。賢太郎さんとリキの散歩道は、杉枝の枯葉にところどころ薄く雪がかぶって、やわらかなしっとりとした感触が靴底からつたわって心地よかった。多分、外気は零度以下だろうが、碧がかったブルーグレイの阿賀野川をわたる風は暖かかった。対面する荒山のあちらこちらに残雪はあるものの靄に包まれて小さくまとまり、右手につながるいつもの赤い船渡大橋は遠くかすんでねずみ色に見えた。見慣れたいつものアングルの冬景色の体感は新鮮だった。

朝飯前の一仕事は味噌蔵の準備だった。石夢工房の北側は、すでに斜めに垂木の枠組みが打ち付けられていた。西側の下屋に使った赤いブリキ板の残りを切り抜いて寸法通り張り込むことになった。朝飯をはさんで坂下へ出かけるまでに作業は終了した。他所には二つとない天然冷房の味噌蔵は、床にスノコを敷いてコンパネを並べれば何とか格好がつくまでになった。月末からはじまる味噌つくりイベントのメドは、どうやらついたようで一安心した。