2015.01.06
心は体の設計図
佐藤賢太郎 

先日家内の兄が亡くなり、その葬儀のために次男にあたる兄を若松駅に迎えに行った。その兄と食事をしたとき、本人いわく「俺はうつ病だ。足が悪く、耳は聞こえなくなり、怒りっぽい。物忘れも激しい」と、すっかり憔悴している様子でした。このままではかなり危ないと私も感じた。 

家内は何とか兄を助けたいと思い「帰りに豊実に泊まりに来ないか」と誘った。兄は喜んで、その助け舟に乗ったようである。

葬儀が終わり、我が家に一緒に帰った。その晩、家内と3人で奥深い内面を話した。私は感じるままに「体裁を飾り、格好をつけ疲れてしまっているのではないか」と素直に語った。彼は新潟での私の講演会を聞いたり、拙著「ギリシャ・夢の架け橋」を読んだり、私のガンが治ったこともあり、私の話を聞く耳をもっていたようであった。

ハッキリ言うと、今までの彼とは違うものを感じた。素直に受け入れようとしているところが違っていた。それまでは表面的で、この人とは話がかみ合わないと感じていた。

私は今が一番輝いていると、誰にも言うように話した。そして輝くためには「人間の幸せとは健康であること。信頼し合う人間がいること。その二つです。私には、その二つが今あります。私は金持ちでもなく、社会的地位もありませんが、しかし幸せです。なぜなら、最高に美味しい食事ができて、友がいます。夢が次々と浮かび、即実行します。今は見た通り、母の介護もあります」とも言った。

さらに「私は満たされる条件がそろっていません。大学はすぐに合格しない、教員試験は落ちる。例えば子供がいなかったり、年金が少なかったたり、収入があったりなかったり経済的に不安定。それでも、私は夢を多く実現しています。また、昔からある田んぼを使い無農薬の米をつくり、石油は買わずに廃材を薪にして暖を取っています。それが面白いと思います」そんなことを話している中で、彼は自分の過去を振り帰り、反省していた。彼の顔は、徐々に晴れ晴れとして、今までの怨霊が下りたようであった。

そして、持参した血圧計で調べたら、日頃は160〜180の最高値が135で、自分で驚いていた。翌日も測ると、135だった。まさに心は体の設計図ではなかろうか。 

家内は少し兄の役に立てたことを嬉しがっていた。コスモ夢舞台は、これからも心を癒すところにしたいと思う。ただし、ガードの固い人には変化は起こらないと思う。お別れに何度もありがとうとお礼を述べ、帰宅したら家族と話し合い自分が変わらなければと言っていた。義兄が幸せになれば、家内が喜び、幸せな顔をする。すると私にも幸せがやって来る。情けは人のためならず。家内が私に言うには「兄に生意気なことばかり言っていた」と反省し、「これも兄に対する懺悔である」と言っていた。