2015.10.22
Rachid さんのレポート1
佐藤賢太郎

今年最後のフランス人のウファーがやって来た。10月22日、夜9時28分私は豊実駅に迎えに行き誰もいない無人駅にRachidさんは列車から降りてきた。暗かったが一目で彼だと分かった。

彼は60歳でフランスの大蔵省を退職したばかりであり世界各地を旅し日本には7回目だという。そして仕事をしてみると気配りがすごい、何も言わないのに何を知ればよいのか、察して次の動作が解る。力もある。そして日本語が少しわかる。だから言葉にはそんなに不自由しない。彼に英語日本語ができることを凄いというと「あなたの英語も凄いという。」勿論私は少ししか英会話ができない。

豊実に来て農業というよりイベントが多くあったが桃源の湯風呂を二人で毎日入ったが、それは日本人同士のように話し合った。風呂の薪くべも素晴らしい。力がある。

家内はウファ受け入れに渋々であったがお昼をニンニクたっぷり使ったバスタの料理をした頂くことになった。それが何とおいしいこと家内は大変喜んだ。何とその日作家の長田さん大島和子さんが

作品撤去においでになり、私たち5人で食べることにした。勿論彼らも大喜びであった。長田さんは私の作品が気に入り作品と交換することになった。使いの絵を持参されました。それはさて置いてRACHIDさんはインテリであった。何と日本の黒沢監督映画を知っていた。それも映画「生きる」をユーチューブ開いて見せてくれた。そればかりかオペラやアラビアの音楽やさまざまなことを見せてくれた。

家内は年齢が高いウファーは体力がなくイヤと言っていたが、彼には素晴らしい3拍子が揃っていた。つい私たちはいつか、彼の棲んでいるモロッコに行きたいねと言っていた。若くて美しいだけが良いわけでない、私は人生を重ねた素晴らしさを感じます。

猿しかいない過疎後に外国人が次々来る楽しさがある。それは私たちだけでない。今過疎がどこでも問題化されているがこうして私は過疎を楽しんでいる。要は希望に燃えたチャレンジ精神があるかどうかである。RACHIDが帰る近くになってきた、あなたはベストワンであるというと、私にも「ベストワンのホスト」すぐに返答する。日本人はこんな返答はしないだろう。こんなに素晴らしいウファーが来ると次が困ってしまう。








Rachid  memory

About my stop over at  Toyomi village (Niigata Ken)October   22 to 29

 

Late arrival to that tiny 

station after a 90 
minute ride on a
 local train bound for 

aizuwakamatsu.

 

9:38 PM. My host Mr
Sato is 
standing on 
the station 

platform wearing his geta.

 

Due to my latearrival, we had just enough time to make the

 usual introductions before he  took me to the nearby house   where i will be accommodated.

 

The house was completely full of stone sculptures representig 
animals and women 
bodies. I was surrounded with art pieces
all over.

 

The next morning 
breakfast wasserved 
by 
Makikosan 

in the host wife and since 

that

 very morning I felt
 
I was 

treated  like a 
family member.

I discovered people full of 

humility, respect and 

generosity, people 
full of 
thoughtfull-
ness. Caring people 

who did not only open their 

house to someone they know 

nothing about but,
  more 

important, opened
 also their heart.

I had the opportunity to meet a group of 
their close friends 
coming from different regions of Japan and was surprised to see that friendship is a something japanese 
people 

really  value