2012.02.03
個展で出会った方々
佐藤賢太郎

1.人は外見からは分からないもの

個展期間中、多くの方のご厚意に甘えて泊めさせていただいた。行く先々で玄米菜食を作ってくださる。新築のSさん宅に泊めて頂いた。最新鋭の住宅、何しろストーブを使わなくても暖かいという住宅である(隙間だらけ、薪を炊く我が家とは天と地の違い?)。

それはともあれ、久喜で朝起き会に参加しました。Sさんも修行、と車で会場まで案内してくださった。なかなかできるものでありません。

するとMさんが玄関で「よく来てくださった、ものすごく元気そうですね」と笑顔で迎えてくださった。わたしの話の後にMさんが話をされました。Mさん「私は毎日亡き父と母に水を上げています。そのとき、佐藤賢太郎さんが元気になりますようにと祈っている」こんな話をされ、私は驚きと感激で一杯になりました。この方とは日頃何の音信もなく、繋がりがなくなったと思っていたからです。続いて話されたあるご婦人は、7年前私が訪ねたことがあり、その後私から礼状が届き、その時の私の手紙をいまだ持っているとのことです。私など古くなった便りは処分してしまいますが、この方は大切にされている、そのことに頭が下がります。お二人の言葉に触れて、私は外見から自分勝手な思いを持ってはいけないと、心より反省いたしました。

2.搬出でのこと

「あっぷるはうす」での個展の作品搬出には横浜からかけつけてくださる方もいて計九人の仲間が集まってくださった。本当にありがたいことである。搬出が終わり来年の打ち合わせなどをさせて頂いた。

私が健康でありますようにということが話題になり、ガン宣告を受けながらも、かえって心と、食事とライフスタイルを変えることにより私はこうして健康を維持していることを話していました。

すると、私たち以外の一人のお客さんが、突然私のそばにやってきて、私の話を聞いていたのか「先生の生き方はすごい」と目を赤くして話しかけてきた。ご主人はがんの末期のようです。私と全然違った対応をされているそうです。食事とかライフスタイルを変えるどころか、自分の好きなようにすると言ってどんどん悪くなる一方だそうです。どんな薬をつかおうが、本人の心の在り方が一番大切とその方は涙ながら訴えていました。仲間のある方は「俺はガンではないが、わがままを通すそのご主人と同じ心だ」と後で私に言っておりました。

死ぬも生きるも勝手だが、どう生きるかはその人の選択の自由である。自分の好きにしたいというが、奥さんを悲しませてはいけないと思う。なぜなら、今まで力を合わせ、お互いに支え合って生きてきたからだ。

3.支え合うお互い

Oさん宅に泊めて頂き語り合うことができたことは収穫であった。

私が泊まることになり、玄米ご飯を用意してくださった。そして何と玄米がおいしいか知った、明日から健康に良い玄米にしようということになった。Oさんは「佐藤さんが話すこのことがビンビン伝わってくる」という。私はいただきながら生きる気力を与えたことになる。

そしてOさんの友人が余命一か月と医師から宣告を受けたそうですが、私は個展開催時間前にその方と面会することになって、私の選択を話しました。その様子をそばで見ていたOさんはとても私にはできないと言っていた。私とがん患者を繋いでくださったのはOさんであった。Oさんは生死を分ける選択の立会人となったのだ。

 出会いはいつでも一期一会。私には無駄な心を出し、屁理屈など言っている暇はない、ぼんやりしている時間はない。

4.家内と食事をいただく

   家内と二人、26日に車で埼玉に来ました。一泊は別の家に泊めて頂き、家内はパンつくりの苦労を垣間見たようです。翌日蓮田に行き、朝食を用意してくださったので一緒に来てくださいとのご厚意に甘え玄米菜食をいただいた。とっても美味しかった。奥さんは玄米菜食に初めて挑戦されたようです。今までだったら家内は迷惑をかけるからいやだと言っていたのですが、すんなり食事をいただくことになった。家内は食事のお礼はその方には返せないが、別の方にしますと、心の整理があったようです。