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         2003.02.21

佐藤賢太郎との対談

「作品への感動」(大塚秀夫)    日本橋高島屋食堂にて

大塚さんとは大学時代のラグビー部からの付き合いで30年になるでしょうか、教

員時代、朝起会、悠悠亭作りとさまざまな苦楽をともにしてきました。

それは言い尽くせぬほど多くのエピソードがあります。そして純情さにおいては会

員の中では彼の右に出る者がいないと思います。こういう方がいて下さるお蔭様

で私は夢を描けるのであります。

 

作品に感動したこと

佐藤 先日の個展オープニングパーティーではありがとうございました。夢舞台の

めざすところは感動ある人間交流としていますが、感動ある生き方が一番です。

今回の個展で感動するところがありましたか。

大塚 個展会場に入って、最初に目に飛び込んで来たのが「這い上がれ」とい

う作品でした。朽ちた船板に打ちっぱなしの大きな船釘、細長い船板が縦に

飾られてありそこに石の素材をあまり使わずに、猫が這い上がっているイメージが

すごく気に入ってしまいました。題名もいい。

佐藤 嬉しいですね。何と言ってもふくろう会員との繋がりは私が作家であるこ

とが大きいポイントになっていると思っています。作品に関心がないとしたら淋し

いですからね。大塚さんのように作品に感動をして頂くことはありがたいですね。

私の作品はネーミングが、また面白いと多くの方が言ってくださいます。

大塚 作品のタイトル「這い上がれ」は自分が這い上がろうとしている猫でもあ

るし、朽ちてしまった船板のようでもあり錆びた釘でもあるように感じたのです。

だからこの作品を見た瞬間、自分そのもののように見えたのでたまらず欲しくな

りました。

佐藤 この「這い上がれ」と言う題名は船板を使って作品を作っている時、指

の一部を電動丸のこで落としてしまった。そこでただでは起きたくないという執念

からか這い上がれと命名しました。それに私も作家として正に這い上がるのが自

分の姿ですからそう決めました。ところで縁起とか繁栄を願ってとか言うなら解りま

すが、大塚さんのように自分の弱さを直視して、自分がその作品と同じだからと

感じて求める人は少ないと思います。その辺の気持ちをもう少し聞かせてください。

大塚 自分なんて典型的に弱い人間ですからね、佐藤さんのように強く生きら

れない。所詮自分は、人生をユラリ、ユラリ揺られる浮き草のように委ねるしかな

いと思ってきたんですよ。

ところが、自然の力によって余計なものが削ぎ落とされたとき、ピカッと輝いた朽

ちた船板のように自分もなれたらと思うのですよ。朽ちた廃材ですよ、それが見事

に蘇ったという大変身を遂げちゃったんですね。

自分を誤魔化して無理して強く見せなくても弱いままで自分も大変身でき

るんじゃないか。そう思ってこの作品を手元においていつも眺めながら生きようと決

めました。

佐藤 そうですか、よく解りました。作品の造形についてはどうですか。

大塚 この作品はバランスが非常にいい。そこが気に入っているところなんですよ。

猫の前足が板の最上段の上にかかって、更に顔が船板の脇からはみ出している

のでなく、船板の中にスポットはまっている。何か安心感があるんですね。それに猫

の胴体が船板に隠れて見えませんそれがいい。

佐藤 過分なお褒めをいただきありがとうございます。自分で言うのも何ですが、

小さいけれど今回の出品作のなかではヒットの作品でした。大塚さん以外に多

くの方が注目されていました。本当は手元に取っておきたかったのです。

大塚 どのようにしてこのイメージが湧いてきたのですか。 

佐藤 この作品は初めからイメージがあって出来たのでなく、朽ちた船板の切れ

っぱしがあって、それがアイデアを産む元になったのです。船板の表には顔と手だ

け足と尻尾は板の後ろから、胴体はなく見る方の想像に任せる。配置は考え

ました。こんな風に表現したのは初めての作品でした。

大塚 人生、一寸先はわからない、解らなくても生きなければならない。だった

ら渾身の力を振り絞って這い上がっていこうじゃないかと。世の人々に訴えかけて

いるような気がしてならないですよ。個展会場に何度か足を運びこの「這い上が

れ」の作品を何度見ても飽きがこないんです。

 

作品を買う心

佐藤 大塚さんには何度か大金を叩いてでも買いたいと言った作品がありまし

た。それは感動ということだと思います。

ありがたくも、大塚さんはもう一点買ってくださいました。あれは20年前の作品で

今回より価格が高っかたでしたね。作品としては今からすれば恥ずかしい。だか

ら今でも負い目に思っています。作品は物でありますが、ダイヤのような価値では

測れないですね。

大塚 初めて佐藤さんが銀座のギャラリーオカベで34歳のとき個展をされました

ね。私が買った作品はそこに出品されていたもので、佐藤さんが教職を辞め、彫

刻家として生きようと決意された時の作品でした。それが今私の手元にあるんで

すよ。当時友人が、私の部屋にあるその作品を見てね、ただの石と思ったんでし

ょう。自慢げにその石彫を買ったんだと言うと、私の気が狂ったんじゃないかと両親

に告げ口されたんですよ。石彫を大金を出してまで買うなんて信じられなかったん

でしょうね。

佐藤 そんなことがあったんですか。知りませんでした。大変でしたね。

大塚 佐藤さんは安定した公立中学校の職を捨ててまで、しかも新築したば

かりの家を安く売り払って、師匠のもとに飛び込まれましたね。今でも思い出すの

は、自分を厳しいところに敢えて置く、その生き方に感動しましたのを覚えていま

す。だからその時の作品の善し悪しは私には解りませんでしたが大金を出してで

もその作品を求めたかったんですね。ダイヤならそんな精神的な価値が持ち合わ

せなくても持っているだけで価値があるし、相場で価格が決まっている。それで満

足感があるのですね。

佐藤 そうですね。作品と言うのはその人間に精神的高さがないともてませんね。

大塚さんは初めの作品には造形と言うより、生き方のシンボルとしてその感動求

めたのですね。そうすると今回は、求める視点が変わったのですね。

大塚 そう言われるとそうだと思います。作品がこちらに不思議な響きを与えてく

れる。また、心の底のどこかにしまってあった私の原石と言うか、魂を佐藤さんの生

き方や、作品が目覚めさせてくれるんです。ですから気に入ったら求めたくなるんで

すよ。

 

美術評論家の視点

佐藤 最近藤島俊会さん、山形洋一さん以外に私の評論をして下さる方は

いません。今展覧会でおいでくださった評論家が二人いました。愉しいですねと言

ってくださった方。もう一人の方はサインされましたが何も言わず帰られました。

私の作品は普通の大人も子供にもわかりやすいこと。ほとんどの方が理屈な

しに作品を見て、「暖かいとか可愛いい」と感嘆されます。これじゃ評論を仕事に

する方には困るのでしょう。そうすると私にとって大塚さんは立派な素晴らしい美

術評論家です。勿論作品の密度が低くて評論できないと言われるかもしれま

せんが、しかし、自腹で買ってくださる方が真の評論家だと開き直るようになりま

した。

 

オープニングパーティーでの感動

佐藤 関東での3回目のオープニングパーティーでしたが、今回も熱弁を振るい

皆さんにカンパのお願いをしてくれました。この点大塚さんにかなう会員は誰一人

いません。幹事長でも出来ませんね。貴方はその点でスペシャリストですね。会費

をいただいた上に、夢舞台に向かっています、お金をください等と、なかなか言えま

せんね。どうして皆さんがお金を出していただけると思いますか。

大塚 佐藤さんが彫刻だけの作家ではないところに感動し、追求する夢が普遍

的である証ではないでしょうか。

佐藤 先ず貴方が私心がなく語る姿です。そして私を支える、ふくろう会の一人

一人の姿に私心を感じられないからでしょう。私にもそう感じてくれているからかも

しれません。人はそんな感動ある生き方を求めています。人間にも夢をもちたい

と思っています。ふくろう会の皆さんの純情が、結果として、私にも応援してくださ

るのでしょう。だからカンパをしてくださるのだと思っています。

充実した対談でした。ありがとうございました。