2015.07.03
改革に学ぶ
佐藤賢太郎 

蛍音楽祭も里山アート展も町おこしの一環であります。

ある方から貴重な資料が送られてきました。それを読み、とても感銘を受けましたので、一部を抜粋してみたいと思います。 

「町や村も県の補助金をあてにし、企業誘致に血道を上げる、これまでのやり方では地元に元気が出ない。足元の宝に気が付けば、観光客も呼び寄せる切り札になる。例外なく、援助や指導がないところ程、成功しているようにも思える。つまり、地元パワーがかけがえない宝だったのです。改革とは、足元を新しい目で見つめて、何かを発見し、即実践すること」。ここまでについて、コスモ夢舞台の内実を踏まえて申しますと、収益を出していない現状では多少なりとも助成金はあてにしている。しかし、言われている助成とはケタが違い過ぎると思います。できることは自分たちで行い、廃材やあるものを工夫し、生かし、積み上げてきました。少額の助成であっても、この助成なしにはコスモ夢舞台もここまでたどり着かなかったと思います。  

それ以上に、自分たちで工夫しているところで、この田舎にしかできない、新しい発見をしているところです。

まず、事業を行う根本を「大自然の摂理にしたがって生きること、我も人もの仕合せ」、私はここを前提にしています。 

さて次に、改革を進めるにあたってネガティブトークの追放が必要と言っています。「どうせ無理」この言葉は田舎に住んでいると周囲からよく聞かれます。私はそのように言いません、何とかやってみようと向かいます。やってみなければ結果は解りません。どうせ無理と口癖のように言う人は、初めからやる気がない口実を、このように言っているのでないかと思う。私は夢を描いて、仲間と実現してきました。

この事例を挙げてくれる師は「意欲のない人たちは、どうせ無理ですという評論家タイプ。もう一つは、自分なんてと謙遜するタイプ。いずれにしても、主役を張る気の無い人」と言い切ります。

植松電気(北海道石狩平野にある社員20名の小さな会社、廃材分別用の磁石つくりと宇宙開発をしているそうです)の社長さん言っています。人がより上を求めなくなった時、会社も社会もダメになる。私は会社だけでなく個人もそうだと確信します。宇宙開発は金儲けではなく、「どうせ無理」という言葉をなくすためにやっているそうです。植松さんは、町工場でもできるのだからあきらめることはありませんと言うのです。

国の補助金を頼ることなく、研究施設を作りました。お金に換えられないものを手にしているそうです。社員たちの誇りと夢にもつながるとも言及しています。 

植松さんはどうして宇宙開発に手を染めることになったか。樺太に住んでいてソ連軍が占領して、お金は紙くずになった。「お金は、一晩にして値打ちが変わってしまうが、頭に入れてしまえば、誰にも取られないものがある」というおばさんの言葉から、植松さんは経験と知恵と人脈を大切に考えるようになったそうです。

 学校の先生からは、「将来どうするか」と聞かれので、「飛行機やロケットの仕事がしたい」というと「夢みたいなことを言っていないでテストの勉強をしなさい」「よほど頭がよくないと無理だ、それよりどこの高校に行くか考えなさい」と進路指導まで決められたそうです。

この事例から私の体験を申します。私は中高生の農家体験学習の受け入れをしています。そこで「あなたの夢は」と聞きます。そうすると「安定した生活、金持になること」このような答えが返ってきます。いうまでもなく、周囲の大人の考え方の反映でしょう。

その根底にあるのは、「どうせ無理」といことかと思います。「どうせ無理」は周りの人の自信ややる気も奪う、勉強などしても無駄、努力しても無駄、こうしてさらに周囲の人々のやる気をなくしてしまう。このようにまとめていただくと納得します。私は田舎に住んでいていやというほど味わってきました。

最近はしかし、だめと私に言う人は少なくなってきました。失敗は成功の母です。人生は、より良く生きるための挑戦です。

個人も会社も小さい組織も大きい組織も、このことから学ぶことは多いと思います。地方創生も同じことではないかと思います。 

私は地域おこしについて実践しています。夢のような試みであります。しかし、確実に進んでいます。私は67歳になりますが、残された人生を消化試合のように過ごしたくありません。財力はありませんが、夢を追いかける人生は充実しています。共感してくれる方と共に前進してまいります。