2009.09.02
新潟県知事表敬訪問

   9月2日(水)新潟県知事泉田裕彦様に面会し、私の彫刻活動と私たちコスモ夢舞台の活動をお聞きいただきました。このような機会に恵まれることは私の人生ではありえないことでした。

 知りませんでしたが、新聞の知事動静欄に私の名前が掲載されていました。私の前に大切な来客があって、その後私との面会、そして午後から9月の定例本会議が開催されていました。本当に忙しい中をお会いいただき感謝しております。この仲立ちをしてくださったのが、澤野県議会議員でありました。澤野議員は12年前からコスモ夢舞台を応援してくださっていました。

 それにしても、EU・ジャパンフェスト日本委員会の写真プロジェクトが新潟県で開催されたことが大きな原動力になっていることは間違いありません。しかしそれを受けて、私と仲間たちに動く力がなければ、EU・ジャパンフェスト日本委員会も投げかけなかったし、澤野議員も動かなかったであろうと自負しております。

 面会までには紆余曲折がありました。県の担当者から、はじめは来年の写真展が本命の訪問目的であるとお聞きしましたが、私の活動を主体に話をすることになりました。
  そして前日、わたしの作品を持参することになりました。持つのに大変だからと、小作品を2点用意しましたが、重くて大きい作品にすればよかったと反省しました。
  それは皮肉っぽくなりますが、県の職員の方々にも手伝っていただき彫刻の重さを知っていただきたいと思ったからです。どうせするなら苦労する方がよい、とは何でも同じですね。でもたしかに写真よりは本物がいいですね、その助言には感謝いたします。

ところで10分という短い面会時間のために、一方的に私が話をすることになってしまいました。彫刻家であること。郷里に帰り、都市の仲間と古い建物をいろいろと修、改築したこと。そしてコスモ夢舞台と称して、さまざまなイベントを開催していること。2006年に欧州文化首都開催地のギリシャに招聘され、彫刻を制作、設置したこと。

それをきっかけに、私たちの活動にEU・ジャパンフェスト日本委員会が関心を示してくださり、新潟県にヨーロッパの写真家を向けてくださったこと。それを受けたあとリトアニアで写真展が開催され、私が視察させていただいたこと。

さらに、エストニアのエレルへイン少女合唱団が豊実に来訪され、その時の写真を知事にお見せしました。そして最後に、ぜひ来年は新潟県で開催させていただきたいと申し上げました。

 一応、私の話が終ってから泉田知事とのやり取りがありました。「癒される作品ですね」と言われたので、すかさず「ぜひ県庁に置かせてください」とお願いしました。分かりましたと聞こえましたので、期待しています。
   知事から「お弟子さんはいらっしゃいますか?」と問われましたので、「おりません」と答えました。知事は「これだけの活動と人脈があるのですから受け継ぐ若者を育てたいですね」とおっしゃってくださり、「何か制度があるはずなので、検討させてください」とお話しされました。
   私からは、「夢をいだいて生きる姿勢を見せるのが私たちの使命だと思います。今も体験学習ということで都会の生徒を受け入れていますが、経済的裏づけができたら、作家の育成やコスモ夢舞台の担い手を育てたいと思います」と申し上げました。

 最後に「ぜひ豊実においでください」と申し上げ、写真を撮らせていただきました。また面談には、新聞記者も同席取材されて写真も撮られました。

 これからは、来春の個展に向けて忙しい時でしたが、都合が悪いといっていては結局何も動かないでしょう。EU・ジャパンフェスト日本委員会の投げる球にぎりぎりまで近づいてみる、今はそんな歩みをしています。だからこそ、コスモ夢舞台への理解と私たちの行動に目を向けていただこうとしているのです。

それは理念をもって夢を実現しようとすればこそのことですが、やはり理屈より行動が大切だということにつきます。誤解を恐れずに言えば、「この指とまれ」ということに賛同する仲間がいてこそここまでこられたのだとつくづく思うのです。(佐藤賢太郎)