2015.02.26
いろは歌
佐藤賢太郎

 彫刻家として私の最後の作品は、大きな石に「いろは歌」を彫ろうと思っていた。「いろはにほへと、、」を分かりやすく漢字仮名交じりで書けば「色は匂へど 散りぬるを/ 我が世誰そ 常ならむ/ 有為の奥山 今日越えて/ 浅き夢見じ 酔ひもせず」となる。

人生の最後は儚いもので、夢や希望などもっていることはよくない。権力闘争に負けた貴族の誰かがそんな無常観をうたったらしい。

 人生は常ならないと私も思うが、私は最後の文言がぴったりしないので、石に文字を彫ることをあきらめました。なぜなら、宇宙に生成する星のように生まれ

てきた私たちは、善き夢(我も人も仕合わせ)や希望をもち生涯を送ることが大切であると思うからです。もっとも、人を憎しみ、殺し合う紛争地で戦うべくして生まれたなら、こんな考えも決して浮かばないだろう。

 ところで、今年18年になるコスモ夢舞台の歩みをまとめておこうと、私は写真で足跡を整理している。パソコンを使っているが、かなりの労力を必要としています。元気なうちに、仲間と振り返りたいからだ。もちろん、過去を振り返ることだけに楽しみを見いだしているわけでない。先の先を読んでの準備であり、人の生き方であります。地域活性化の提案です。それにしても18年とは、長期継続的な時間で歴史と言えますね。

 写真を見ながらよくぞやったねと思います。人間の絆なしにはなりたちません。その時の活動していた写真を見ると、仲間たちは髪が黒く、気力溢れて楽しんでいる姿が見られます。昔を懐かしむだけでなく、後世の人に生きる希望をもっていただきたいと私は願う。何もない過疎だからこそ意味がある。何も描かれていないキャンバスに絵を描いてゆく喜びがあります。

目下、建設と田んぼと実践、3つの分類で整理しています。この仲間たちはすごい実績を残しております。人の批判や理屈は誰でもいえますが、やはり実行は一番難しいことです。