2011.09.26
ひび割れ
森 紘一

 台風15号の影響で荒れた関東地方も、ようやく落ち着いた秋分の日(23日)、10月15日から始まる「里山アート展」の会場づくりに仲間と豊実にむかった。陽ざしは真夏の気配だったが、郡山から磐越道に入ると雲行きはあやしくなってきた。

昼食をはさんで、午後からの作業は時折つよくなる雨脚のなかですすめられた。U字溝に石をかぶせる土木作業、田んぼ周辺の草刈りは8人掛かりだった。昨日、豊実入りした顔なじみの3名の作家も作品の仕上げと設置個所周辺の草刈りに精を出していた。

夕刻近く、石を敷き詰めた「田んぼ夢舞台祭り」のステージの右手奥に、さらにフォークリフトで石板を運搬中に後部車輪が脱輪してしまった。これが、その後の事態のそもそもの始まりだった。フォークリフトはそのままに、本日の作業は終了した。

夕食前の30分間、豊実駅前の公民館を使って伊藤千賀さん指導の健康体操があった。わたしは初めてだったが、7月に続いて2度目の講習会は流れるような名調子だった。  

やさしい腹式呼吸、無理のないストレッチは心地よく心身をほぐしてくれる。これをいかに日常的に続けることができるか、確かにそれが問題である。

その後、和彩館で交流夕食会があった。喜多方からの出前寿司Tさんの寿司ネタはどれも新鮮だった。9月12日に放映されたNSTの「エコスペシャル」の録画ビデオを全員で鑑賞した。「コスモ夢舞台」そのものを取り上げた番組ではないものの、佐藤さんの意志や仲間との絆、地域の人びととのつながりなどを過去にさかのぼりながら良くとらえていたと思う。

このDVDは「コスモ夢舞台」を知っていただく上で、格好の広報材料となりそうだ。

NSTの放映効果はまた、ここを訪れる人びとがふえていることで実感できる。翌日(24日)、例のフォークリストの脱輪修復作業を地元のFさんたちと進めていると、「TVで観ました」と何組かの見学者から声を掛けられた。

里山アート展の会場となる田んぼの稲刈りは、まだ済んでいない。昨日とは打って変わった好天に稲穂はまぶしく、吹き抜ける風も気持ち良い。

10時半過ぎ、そんなのどかな田園風景はクルマ4台を連ねた「NPO法人まちづくり学校」御一行様の到着でにぎやかになった。

10名を超す見学者は我われの作業にも加わり、つかの間の体験とマキ子さん苦心のかさね煮や手打ちソバの昼食を共にして交流した。その後、佐藤さんと「里山アート展」の目的や地域づくりのこころ、地域再生にかける想いなどを話し合われたそうです。

さて、総重量6トンのフォークリフトだが、ジャッキーを2台使っても後部左の車輪はいっこうに上がらない。エンジンを始動すると、左に傾いたままお尻が沈み、前輪右のタイヤが空転してしまうという状態が続いた。

そこで、座談会を終わった佐藤さんと数人で、フォークリフトの2本の爪にブロック状の石を載せ前輪に重量をかけようということになった。

ここで、運びこんだブロック石を移す際に、はずみで佐藤さんの左手薬指が石に挟まれるというアクシデントが起きてしまった。マキ子さんに連絡、病院への手配と慌ただしかったが、受け入れ先の会津中央病院で即手術が行われた(手術は無事終了、26日には退院されましたが、全治には2カ月を要するようです)。

Oさんのクルマで病院へむかう車中(小一時間)、フォークリフトをどう引き上げようか、里山アート展の作品づくりをどうしようかと佐藤さんの頭はめまぐるしく働く。

 「痛みませんか?」とおもわず質しても「大丈夫!」の一言で、逆に「先日の大雨で積み上げられた残土が綺麗なひび割れを残している。あれを作品に仕立ててみないか」と話しかけられた。

 そのときは佐藤さんも、まさか即入院、即手術になるとは予想しなかったと思う。Oさんとわたしも二人で夜道を戻ることになるとは思わなかった。

 仲間の待つ和彩館に着いたのは午後8時。佐藤さんの状況とマキ子さんへの言付けを伝え、明朝(25日)マキ子さんとWさんが病院へ出向くことになった。

25日早朝、マキ子さんたちが出かけた後に佐藤さんから電話が入った。「ひび割れの場所は大沢畑で、橋の上から良く見えます。30cmほど土を掘って額縁をつくるだけで済むから、出来るところまでやってみてください」と言うことだった。

午前中に何とか形にして帰ろうと、スコップと鍬を担いで穴掘り作業を続けた。橋の上から眺めると、タタミ8畳ほどの額縁の中に、見事な亀裂の走る土のひび割れができているように見える。自然が描いた不思議な造形はしかし、わたしには怒りの爪跡のようにも見えた。

今回は、創作のよろこび、面白さを学ぶ機会ともなった。佐藤さんの一日も早い快復を祈っています。