2010.04.18
それぞれの時間と晩餐会
鈴木隆雄

 3月29日(月) 今日はオリンピアの遺跡めぐりと、佐藤さんが滞在したクルータの海辺の散策と二手に分かれての自由行動である。また、リオシス氏がお別れのご挨拶をしたいと夜8時頃オリンピア・パレスホテルに来られるとのことで、お礼の夕食会を演出することになった。尺八と横笛のリクエストもあった。

 オリンピアの町並みは遺跡のあるのどかな田園風景のなかにあり、メインストリートは直線距離にして1.5キロメートルほどで銀行、郵便局、ホテル、みやげ物店、レストランなどが軒をつらね整然と建てられてあった。私は森紘一さん、渡辺さんとオリンピアの遺跡をゆっくり見学することにした。

 ホテルから数分で遺跡の入口に、9ユーロで入場券を購入し中に入る。左右に遺跡群の円柱が目に飛び込んでくる。左手にブリタニオン(迎賓館)、へラ神殿(現在もオリンピック聖火を採火)の円柱を見、給水施設跡の前を通り、アーケードの一部がのこっている入場門をくぐると視界がパッと広がりそこにはスタジアムがあった。約200メートのトラックがありその周囲のスタンドは緑の芝に覆われていた。赤や黄色の花をつけた山野草が風にゆれていた。見学に来ていた小学生の団体だろうか、トラックのスタート位置に並び短距離走を競っていた。遺跡のほぼ中央にゼウス神殿があり、フェイデアス(古代の大彫刻家)の仕事場、レオニデオン(宿泊所)、パレストラ(闘技場)等々見ることができた。中でもヘラ神殿は、ゼウスの妃ヘラを祀った神殿で紀元前7世紀のものギリシャで最も古い神殿とのことである。

 真っ青な青空の下、日差しの眩しさとは対称に乾いた空気は心地よく、汗をかくこともなく悠久の遺跡をゆったりとした気分で巡ることができた。気候・風土・歴史の違いの性だろうか、比較にはならないだろうが、日本の城跡を巡るような『兵どもが夢の跡』のような感傷とは違ったスケールを感じた。

 オリンピアの遺跡を後に、古代オリンピック競技に関する資料を集約した古代オリンピック競技博物館を見学し、市内のメイン通りを散策した。家庭的な美味しいギリシャ料理を食べさせてくれるレストラン“タベルナ”で昼食をと探し歩いたが営業時間が合わなく、結局オリンピア・パレスホテルのレストランにした。ここの料理も非常に美味しかった。

 午後5時にホテルのロビーで打合せをすることになっていた。リオシス御夫妻がお別れの挨拶にパレスホテルに来ると昨日ガイドの景子カテリーナさんを通じて連絡してきた。そのおもてなしについての戦略会議である。アマリアダ、クルータの海辺を散策に出かけていたグループがおみやげをいっぱいもって帰ってきた。一つは、昨日“人魚の女神(融合)”の前で佐藤さんとリオシス氏の再会、コスモ夢舞台会員との交流の様子が新聞各紙に掲載されていた地方紙を皆の分買ってきてくれた。日本への何よりのお土産になる。もう一つはクルータの砂浜で拾ってきた小石だ。佐藤さんと荻原さんからその小石をいただいた。

 さて、リオシス御夫妻との夕食会の演出である。新聞記事のお礼、尺八で「荒城の月」横笛で「祭囃子」の演奏、塚原さんのハーモニカ伴奏で「故郷」の合唱、その際おみやげ物店で買ってきたギリシャの小旗と歓迎会で全員にいただいた帽子をもって歌うことにした。リハーサルを行い、念を入れ本番に備えた次第であった。

 リオシス御夫妻、秘書のバジル御夫妻が来てくださったのは、公務の都合もあり午後9時頃であった。

佐藤さんからリオシス氏へ『昨日は私たちに素晴らしい招待をして下さいまして誠に有難うございました。本当にみんな感動した昨日でありました。ギリシャに来て本当に良かったと夢のような感じだと皆さんも異口同音に言っております。そして今日はこの新聞を見まして何よりのおみやげをもらったと誇りに思います。そしてこの原版がほしくてアマリアダに行って買い求めてきました。日本へおみやげに持って帰り、新聞社にも出して行こうと思っています。

私からのプレゼントです。私のお礼の言葉をしたためたサイン帳をお受け取り下さい。』

リオシス氏『今佐藤さんが言われたことは私たちも同じような気持ちです。』

佐藤さん『今日来ていただいたリオシス御夫妻、バジル御夫妻にヤーマス(乾杯)』

 リオシス氏『皆さんがこうして楽しんでくれていることをうれしく感じている。ミスター佐藤はいつも有難うといってくれるが友達同士で堅苦しい有難うはいいらない。私の国ギリシャを愛して有難うといってくれているのだと思っている。

今日が最後ではない、来年また再開したい、私は再会を期待している。私は飛行機が嫌いなので日本へは行けないが(一同爆笑)。もしこの次来られるとしたら夏に来てください。どうして夏かというと私が組織したフェステバルなど歓迎できる行事がたくさんあります。ギリシャを知っていただくには食事やダンスに参加してみないと本当のギリシャを知ったことにはならない。踊りだとみんな分かるが話では分からない。映画「その男ゾルバ」を見てもらえば分かるでしょう。

皆様方から感謝していただいたように、私のほうも皆様方に来ていただいて感謝しています。遠い日本からギリシャのアテネ、オリンピア、アマリアダ、クルータに来ていただいて本当に有難うございました。もし奥様のお許しがあったら、もう一度この地で彫刻を作っていただきたい。』との話をいただいた。通訳をしていただいた恵子カテリーナさんのおかげもありお互いに理解と意思疎通が深められ思いであった。

尺八と横笛の演奏、歓談も楽しく進み和やかな国際交流の場となっていた。塚原さんのハーモニカの伴奏で「故郷」を合唱した。ギリシャの小旗を手にアマリアダ市のロゴ入りのいただいた帽子も手にして感謝を込めての歌声がホテルのレストランいっぱいに響いた。時間も午後11時をまわったところで散会することになった。リオシス氏の奥様から感謝の言葉をいただいた。一同玄関でお見送りし別れを惜しんだ。