2009.08.07
リトアニア紀行1
佐藤賢太郎

EU・ジャパンフェスト日本委員会のプロジェクト「日本に向けられたヨーロッパ人の眼」の撮影地が新潟県に選定され、今年の2月から3月にかけて、その受け入れに私も関わりました。7月はその写真展がリトアニアで開催され、私もEU・ジャパンフェスト日本委員会からその視察に招待していただきました。
   
   私はふくろう会有志に壮行会までしていただき、7月10日リトアニアに行くことになった。
2006年に一人でギリシャに行くときとはまるで違って、何の緊張感もなく成田まで仲間の時崎庸二さんに送っていただきました。

EU・ジャパンフェスト日本委員会のスタッフで英語が上手なMさんが付いてくださり、英語がわからなくても飛行機の乗り換えも安心でした。聞くところによると、彼女は一人で生活をしながらカナダで英語を学んだようです。Mさんは明るく話やすい人柄の若い女性でした。機内では席が離れていて話ができませんでした。

私の隣はスエーデンの女子大生のようでした。フィンランドが近くなり、年甲斐もなく好奇心から英語で話しかけてみました。半分も解からないで話しているのですから、解かったようで良く解らない会話でした。Mさんは、「佐藤さんは誰とでも話す、気の多い人なんだなあ」と思ったことでしょう。これも退屈しのぎの英会話の練習です。

そうこうしているうちにヘルシンキに着き、乗り換えてリトアニア空港に到着しました。嬉しいことに、先発の古木修治さんとHさんが笑顔で迎えに来てくださいました。

ここはリトアニアの首都ヴィリニュスです。タクシーで走り感じたのは、首都と言うのになんて緑の多い街だろうということです。そしてヴィリニュスの中心地に着くと、そこには美しい町並みがありました。まるで絵葉書の写真と同じでした。なにしろ、街全体が世界遺産になっているそうです。電線がないのに驚きました。そして美しいキリスト教会があちらこちらに林立しているのです。何か映画のセットの街のようでした。

私の宿泊するホテルまで古木修治さんにタクシーで送っていただき、アートセンターで会いましょうと別れた。ギリシャに夜中に着いたのとは違って、明るい時刻でした。私の部屋からは窓越しに広場が見え、そしてトロリーバスも走っていました。まさにここは古都ですが、ロシアの陰もありながらリトアニア人の生き方が感じられる。