2009.12.

2023.1.15
命ある限り
佐藤賢太郎

父があの世に逝き、母も逝きました。何年か前、父と母の石像を私は造りました。この時ほど彫刻家になってよかったと思ったことはありません。家には写真が一杯あります。私は何時まで生きているか分かりません。これは誰にも分かりません。

特に今年、年賀状はこれで辞めます、との声も多くなりました。私も歳を重ねたのですね。仲間と会うのも,少なくなるかもしれません。人間誰でも、最後はあの世に逝きます。

さて私は最後の出版、「縄文の世界を夢見て」と題して本を出しました。高校生の時、国語が苦手でありました。しかし数学、物理は好きでした。高校時代の夢は科学研究者でした。しかし教師になり、その夢は辞めて、才能もないのに夢に向かって、まさかの彫刻家になりました。この本には若い時、友人との大切な時の記録もあります。

万が一夢にも彫刻家になるなどと思いませんでした。それが工房を見てください。以前とは全然変わりました。工房には友の宝がたくさんあります。最後に作る作品も決まっています。

私が1月21日に埼玉川口市に行くのは、自分の命があまり長くないからです。そう思うようになりました。これが最後だと思うと、会いたいものです。友もいなくなります。一人ひとり、最後はあの世に逝きます。

命ある限り、私は作品をつくり続けてまいります。