2009.12.

2016.04.08
多国籍料理と禅の言葉
森 紘一 

 わたしにとっては恩人ともいうべき現役時代の大先輩と、2年ぶりにランチミーティングの機会があった。

4月上旬の陽気にしてはうすら寒いが、満開の桜からは早くも花びらが舞いはじめている。表参道の交差点から渋谷寄りの青山通り裏にある多国籍料理店は、ウイークデイの昼時でかなりの混みようだった。サラリーマンやOLを中心とした若者に人気のスポットでもあるようだ。ご案内いただいた地元の女史によると、「予約しておかないと席がとれない」そうである。 

佐藤さん夫妻がモロッコにいることを思いだして、わたしは“モロッコ“風と書かれた料理を注文してみた。有名な「タジン鍋」ではなかったが、牛肉にトマトや野菜、干し葡萄やアーモンドの入った味付けは、なかなかの異国情緒だった。 

はたして肉や魚を断っている佐藤さんは、異文化真只中の地でどんな食事をしているだろうか。マキ子さんやラシェッドさんが付いているとはいえ、気になるところである。

 ところで、卒寿を超えた先達は大変な健啖家で、“スペイン風”エビのアヒージョに舌鼓を打っていた。お互いに健康であることを祝いながら、最近のご時世からあの世への覚悟まで、話題は留まることなく広がっていった。 

「この年になると、先のことを心配しても始まらないので、毎日毎日を楽しんでいます」という。『日日是好日』(にちにちこれこうにち)と読むそうだが、最近は『禅』の世界にはまっているそうだ。

 禅といえば、わたしも最近、あるご縁で曹洞宗の著名なご住職の公開講座を拝聴した。テーマタイトルは【この命は預かりもの】。次々と禅の言葉を並べながら、「いずれ預かりものの命はお返ししなければならない。それが人間の死です。そのためにも一日一日を充実させて、備えておくことが大切です」と結ばれていた。 

「今を一生懸命に生きる」とは、佐藤さんの口癖でもあるが、はやり言葉で言えば「いつやるの? 今でしょ!」といったニュアンスになるだろうか。『而今』(にこん)と読む禅の言葉がこれに当てはまる。

「動いてこそ感動に巡り合える」と同意義の『禅即行動』という言葉もある。

禅の言葉は、「お題目やご利益とは別世界の、具体的な生き方の提案が込められているところが魅力」だと先達はいう。

鈴木大拙という傑出した偉人の努力だけでなく、禅があらゆる国で受け入れられる素地はこんなところにあるのかもしれない。 

そういえば、講演会での佐藤さんも、日常生活の実感を素直に語る点で、禅の言葉との共通項が多い。その上、言葉の壁を越えて外国の人びとともすぐに打ち解ける器用さがある。

今頃は異国の地で、新たな出会いや発見をのびのびと楽しんでいるに違いない。

ますます、帰国後刊行予定の『モロッコの旅』が楽しみになってきた。