2011.03.14
大震災に私は思う1
佐藤賢太郎

この度、東北の三陸沖が世界最大級の地震に見舞われました。被災された皆様には心よりお悔やみを申し上げます。誰もが想像を絶する大地震です。毎日、テレビの映像に釘付けになり、その悲惨さに言葉がでません。

日本は地震の巣窟の上に島があることは知っておりますが、よりにもよってどうして日本なのかと思います。これは世界的に見てもまれな大天災であります。それは三陸地域に限らず、電気の供給をはじめとして、さまざまな不都合が関東にも及んでいます。まだ余震が続くそうですが、日本が沈んでしまうかもしれないと思うほど怖いことです。これから日本は、どうやって復興してゆくのか大きな課題であります。

テレビではその実態が刻々と明らかになり、自然の猛威を見せつけられます。寒さ、食事、医療不足、そしてさまざまなライフラインの寸断の中で現地の方は避難生活をしています。死者は数万単位と言われております。科学文明をはるかに超えた自然の猛威に、なす術がありません。

私は石巻市、東松島市に住んでいる友人がおります。その方との連絡がいまだ取れません。地震が起こる前の日、石巻市の2人の方から私の健康を気遣ってお茶、癒しのCDを送っていただきました。お礼の手紙を書いたのですが当然届きませんでした。あの方々が今どうしているのか心配です。

今度の地震は今までにないマグニチュード9,0。大津波とさらに原発の被害による電力危機に見舞われています。そうしたなかで整然と並び、給水を待ちながら助け合い食事をする。中には一日に、おにぎり一個でありながら、分け合っている映像も流れています。暴動や略奪などに走らない日本人の気質に、海外から高い評価をいただいたようです。

私たちはこのことから何を学ぶべきでしょうか。被害にあわれた方々に誤解されては困りますが、日本全体、世界全体の人間が考えるべきことがあるのではないかと思います。

なんでも経済優先、そして科学文明快適信仰。携帯電話をはじめITに頼り、便利なことが人類の幸せであるかのように走る。さらに自然の摂理を無視して、人間の臓器や生物まで作られようとしております。

いまこそ、大自然の摂理に沿った生き方を見直さなければならないときなのではないでしょうか。領土の奪い合い、豊かな経済だけの優越感、そして権力集中に奔走する人や国。人間はこんなことをしていてはいけないのだと知るべきであります。

人は助け合いながら生きてゆくべきです。原子力などに頼らず、エネルギーを生み出してゆくことです。私のように田舎暮らしをしておりますと、玄米菜食で太陽発電、暖房燃料は薪を使っております。食料は地産地消を心がけ、快適さ便利さばかりではない一昔前の暮らしを見直しています。

まさしく逆境の時、日本をどう復興してゆくのか、日本人の人間力が問われるのだと思います。そして私たち人類は、今何が大切なのかを考える時だと思います。