2010.02.04
「コスモ夢舞台Vol.2」を読んで
坂内克裕

 コスモ夢舞台のHPに載った大塚秀夫さんの「コスモ夢舞台冊子Vol.2を手にして」という記事を見て、私もすぐに読んでみたくなり、先日佐藤さんの家に車を飛ばした。

 おりしも東京での個展が迫っている時期だったので、お仕事の邪魔にならないように、自分は途中で昼食を済ませた上で12時半ころ訪れたのであったが、佐藤さんはこれから昼食を摂るところとのこと。聞けば、個展の制作は済んだのだが、午前中に石彫の作業風景を是非見たいという客人があり、いままで対応していたとのことであった。そんな訳で、佐藤さんは食べながら私に対応して下さる事になってしまったが、いつもながら楽しいひと時をいただいた。こうした佐藤さんの気さくさが人をひきつける所以の一つと思う。

 さて「コスモ夢舞台Vol.2」を読んで、この冊子の意義について私は次のように考えた。
  先の冊子「コスモ夢舞台」の方は、10数年間の「ふくろう会」の集大成という色合いが濃かった。ふくろう会の一区切りとしての記念碑となるものだったように思う。

しかし今回Vol.2が刊行されたことによって、この冊子は毎年度発行されるものとの位置付けを得た。この点に、Vol.2の大きな意義があると思う。編集方針も大きく変わったことに気付かされる。中を見ると、仲間内の記録というよりは、新たな読者を意識して、一目で「コスモ夢舞台とは何か」を訴えられるように工夫がなされている。

佐藤さんも、コスモ夢舞台の事業の協賛を得るための企業訪問にも活用したいとおっしゃっていた。そのような用途に使うには、冊子の分量としてもちょうど良い。このような分量とスタイルであれば、今後毎年度の発行もスムーズに運ぶものと思われる。継続は力なりである。

ところで、佐藤さんとの話の中では、冬の除雪作業が大変ということの他に、ビオトープの管理のため雪の中を時々田んぼに行っているとの話があった。ビオトープに棲む生き物のためには水が枯渇してはならないので、水の流れを確保する必要がある。

私は農家なので分かるが、冬の田んぼには水が無い。耕地整理する前は冬でも田んぼに水があり生き物が生息していた。この耕地整理は、化学肥料と大型農業機械による稲作農業の効率化の要請によって、私のところでは昭和40年代から行われてきた。その結果、一元的に「川」が担ってきた用水路と排水路の機能は名実共に分離して、用水路は春から夏の終わりまでの必要な時期にだけ水門を開いて通水するスタイルになった。大型機械が入る秋に田んぼが柔らかいと、機械が土に足を捕られてしまって作業効率が落ちるので、極力田んぼから水を落として乾燥させる必要もある。一方では、化学肥料に頼ることによって堆肥を作らなくなったため、秋の収穫期にコンバインで刈取り脱穀と同時に稲藁を裁断して田んぼに撒き散らしてしまう。この稲藁は、冬の間に水に浸かったままだと腐らずに残り、そのまま春を迎えると、田植えしたあとにガスが沸き苗を枯らしてしまう。このためにも、秋以降は田んぼに水を通さないようになった。このために、田んぼに生き物も棲めなくなったわけである。

このような理由で、冬期間に田んぼに水を引くのは大変なのである。
   「コスモ夢舞台」は、これまでいくつもの建物やビオトープなどの構造物を作ってきた。しかし、これからの管理や発展を考えるとき、新たな地元の理解と協力を得る努力は避けて通れない。建物の長い下屋は、勾配が小さいので雪が積もったままになるため、屋根に上がって雪下ろしをしないと、雪の重みで潰れてしまう。夏、草は最低3度は刈らなければ、景観は保てない。ビオトープの冬期の管理もしかり。継続を力とするには新しい力を必要とする所以である。

こうしたとき、「コスモ夢舞台Vol.2」がとても役に立つに違いない。この冊子に触発されて、一人でも多くの理解者がコスモ夢舞台に集うよう祈りたい。