コスモ夢舞台はどこへ

佐藤賢太郎様

 メールありがとうございました。
吉田さんの論文とともに賢太郎さんのHPも
拝読し、いろいろ考えさせられました。

私も、HPに「オピニオン『公益社会宣言』」という
タイトルで意見を1月8日に掲載しましたので
「事務局だより」をクリックしご笑読いただければ
幸いです。

 9日夜、到着したハンガリーのブタペストで一晩
宿泊したのち、昨日、乗り合いバスで4時間半
ほど揺られ、本年の欧州文化首都開催地の一つペーチにやってきました。

昨夕は、当地で開幕式が執り行われました。町の中心の広場には
数万人の市民が押し掛け、熱気にあふれていました。
ペーチ市長と教育文化大臣の短いスピーチの後、
約1時間、多くのアーティストや市民によって、
素晴らしいパフォーマンスが披露されました。
いまや27カ国まで拡大したEUの文化首都ですが、
地元の日常とはかけ離れたような派手な演出もない代わりに
「ありのままの自分たち」を表現しようと、
身の丈の努力や工夫による音楽、舞踊などが
次々と披露されてゆきました。

欧州文化首都が始められたのは、1985年ギリシャのアテネです。
当時は、10カ国に過ぎなかったEUもその後拡大を続け、
いまでは、27カ国を擁する壮大な平和ゾーンの共同体と発展しました。

その間、25周年を迎える欧州文化首都の役割や規模は
確実に拡大してきました。
そして、政治や経済分野とは別に、芸術や文化で、国境を越えて
連帯してゆこうという創設の精神は、EU域内にとどまらず、
いまや、世界の国々へまで広がってきました。

私達EU・ジャパンフェスト日本委員会が、欧州文化首都に参加する日本の
アーティストや団体を支援するために設立されたのは1993年のことです。
EUから、日本政府に対しての協力要請が不調にだったことを受けての
民間のイニシアティブによってのスタートでした。
以来、欧州文化首都に深く関わりながら、活動をが継続してきました。

欧州文化首都の活動の底辺には、人間の精神や生き方そのものに連動しようとする
崇高な理念が脈々と息づいていることは確かです。
しかし、もう一方では、EU拡大に連動した地域インフラの整備なども
欧州文化首都開催の副産物として期待が膨らんできており、
商業主義と密接に関わるようになっているオリンピックのあり方に
似たきらいも顕著になってきました。

昨今のオリンピック誘致合戦でも見られるように、
経済波及効果を「錦の御旗」として、そもそもの
「スポーツ精神」がどこかへ置き去りになっている状況に
欧州文化首都の未来像が重なってゆくような危機感も
ないわけではありません。

それだけに昨夜のペーチにおける開幕行事は、
ペーチ市民の日常生活の延長線上にある芸術文化の
地道な活動を反映したものであり、
この地域の底力をまざまざと見せつけられた気がしました。

 本日、読ませていただいた吉田さんの文章ですが、
自らの体験に基づいた重みと深みのある内容で
多くの示唆にあふれているように感じました。
こんな方が、紆余曲折を経て、コスモ夢舞台に出会ったことに
不思議な縁を感じます。

 賢太郎さんや吉田さん、そして仲間のみなさんの多くが
引き続き、意見や価値観の違いがありつつも
お互いの絆を大切に、大きな希望を胸に秘めつつ、
身の丈の小さな希望を着実に実現してゆくことができたらと
考えると、大きな勇気が湧いてきます。

「悲観は気分の問題、楽観は意志の問題」という名言があります。
現実に立ちはだかる大きな壁に茫然自失しても、
よくよく冷静になれば、巨大な壁には、小さな穴があるかもしれません。
その穴を少しずつ広げてゆくことで、次の展開が見えてくるのだと思います。

コスモ夢舞台に直接関わっている人たちのほとんどが、
阿賀町に住民登録していません。しかし、見方を変えれば、
この活動に関心を抱き、情熱を注ぐ人々が存在すること自体
大きな宝物だと思います。
欧州文化首都

豊実の住民の皆さんは、コスモ夢舞台で展開される活動の姿を
何らかの形で少なくとも目撃されています。
また、昨年の田んぼコンサートでは、おそらく地域住民の
何割かは、あのエストニアの少女たちの美しい歌声を耳にしたはずです。

 東京の人口は、1200万人。そのうち。どれだけの人たちが
日常生活の中で、自然や芸術の素晴らしさを実感しているのでしょうか。

そんなふうに考えると、すでに多くのことが始まっているのは確かです。

 人間の営みや精神活動は、すくなからず経済活動に連動していることは
確かです。
問題は、そのバランスではないでしょうか。
以前「田中一村」の本をご紹介したことがありましたが、
確かに一村は、尋常ならざる生涯を全うしました。
しかし、娯楽には関わっても、芸術文化の本質には縁遠い
多くの現代の日本人は、一村の対極の立場にあるのも確かです。

大切なことは、両極の間でどこかに立ち位置を見つけることでは
ないかと思います。

 先日、駐日ハンガリー大使とお会いした際、
話が国家財政に及びました。
私は、日本政府の膨大な借金について、憂慮する発言をしたところ、
大使は、「我政府は、危機的な財政難にあり、借金自体が
できない状態に陥っている。国債が発行できる日本がうらやましい」と
言っておられました。

世界的にみれば、突出した経済力がある日本ですが、
いまなお、景気回復が国民の悲願となっています。

今滞在しているペーチは、ハンガリーの国家自体が
財政破綻寸前でありますが、
市民は実に心豊かな日常生活を送っているように思えます。

悲観論渦巻く日本ですが、まだまだ見えないところに
多くの可能性が埋まっているように思いました。

ベーチでは、時差ぼけのため、私もしばし早起き会活動を
しております。明日には日本に向かいますので
このまま時差ぼけを保って、日本にもどれば、
帰国後の時差ぼけは生じないのではと願っています。

ペーチにて、古木