2008.06.17
コスモ夢舞台を動かすには1
佐藤賢太郎

お金をかけず、過疎の地に夢舞台を立ち上げる。しかもそこには本物があって、今の日本に大切なものが見られる。そんな舞台を実現しようと走っている。

それが目に見えるにはかなりの時間と努力が要る。それは見えないところことにどれだけ努力の持続が出来るかが鍵であると思う。12年かけ建物を作り上げてきた。ここにも見えない努力はあった。
  さて建物ができたら夢舞台が動きだしたとはならない。地元との融和そして経済が成り立たないと言えない。ここに見えないものはある。それは人と人のつながりであると思う。

 仲間の一人御沓一敏さんが退職後3年前からスタッフの一人としてロングスティーをしてくれている。和彩館のお客さんを美術館に案内や、体験学習の生徒の指導にあたり、あるいは環境整備草刈などをしてくれている。もちろん遊びではない。本物と向き合い自分にできる精一杯のことをして夢舞台が立ち上がるところを見たい、そんな自分の人生を脚本していると思う。

 動かすにいろんな方のちからの結集が必要なことは言うまでもない。その一人が御沓一敏さんである。
 例えばある方が私のアトリエに車が溝に落ちたので助けてくれと来られた。私は個展前で制作のため時間がない。そこでその対応をスタッフの御沓一敏さんにお願いした。
   またある日、村の青年団が昨年私たちと桜を植えたところを草刈していた。私はできれば手伝いをしたい。信頼関係をつくる良いこんなチャンスはめったにない。しかし私は時間がない。そこで御沓一敏さんに手伝いに行っていだくことにした。これがまたよい信頼関係になった。
   さらに村で唯一コスモ夢舞台環境作りの作業の手伝いをしてくださる方が自分のスギ丸太運びで人手が欲しく手伝って欲しいのを感じていた。ここにも代理でお願いした。これらはみんな人間関係を築く上でとても大切なことである。私ができないところをスタッフの方が対応していただく。これによってコスモ夢舞台が外とのつながりを良好にしていくのである。

個展前でどれもこれも対応できないとしたら自分のことばっかりしている、感動ある人間交流と理想を言うが何がコスモ夢舞台だと言われてもおかしくない。やっぱりコスモ夢舞台が動くまでにはそのような対応する人が必要である。