2008.03.13
自分の言葉

田舎に帰り、冬は人と話す時間は極端に少なくなった。冬は仕事場まで愛犬リキを連れて歩いてゆく。毎日おなじ雪景色を見て歩いて行く。歩きながら一人で考える。冬以外は車で行くので考える時間がない。関東で暮らしていた頃にはこうしたゆっくりした時間は少なかったと思う。田舎に帰ってきて、ゆっくりの時間が多くなった。これが大きな変化の一つである。

多くの人と接し切磋琢磨する事は大切、書物を読むことも大切と思う。
 しかし多くの人の中にいて、あるいは本を読んでも、それが自分の言葉として発信しているのだろうかと思った。人は自分の言葉をもつべきだと思う。でも偏狭にならず自分の言葉を持つとはそんなに簡単でないと思う。この自分の言葉を持つには冬のように静かに独りになることも、体を動かし体験することも、苦難も必要なのだろうと思う。そして常に受身でなく創作し自分で考える習慣を身につけることだろう。

先日テレビを見ていたらある人はこの国で一番え偉いのは誰か、総理大臣でもない、それはテレビである。それほどテレビの力が大きくなっていると言っていた。現に政治家たちは頻繁にテレビ出演する。テレビに出る人が当選する方程式が出来ている。議員になる人はそのうち2世とタレント、コメンテーター、アナウンサーがほとんど占めるようになるのか。

テレビ見るということはほとんどが受身で自分の言葉など到底作れない。そう自分で心がけて見なければならないと思う。毎日毎日登場する顔がある、何にかの賞を受賞したかわからないがそのコメンテーターが偉そうに語る。見たくもないような顔の人も多い。それが世論なのか。なんだか解からないものに大衆は流されてゆくことがある。
 今まで慣れた環境から抜け出して一人になったとき自分の言葉を持っているかが。解かるものだろう。